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加藤嘉明が情熱を注いで築城した天下の名城、松山城
加藤嘉明の築城から400余年。
緑に覆われた美しい松山城はまちのシンボル
松山城は姫路城・和歌山城と同じ連立式平山城。賎ヶ岳七本槍で勇名を馳せた加藤嘉明が、1602年に築城に着手し、25年の歳月をかけて完成させました。その後、松山城は幾度かの天災や事故に遭い再建・復元されてきましたが、一部の櫓や門などに加藤嘉明築城当時の姿をとどめています。左写真の天守は、嘉永5年(1852)年に復興されたものです。
実戦に備えた
堅固な造りの城
扇勾配の厳しい構えを見せる石垣や、石垣に登ろうとする敵を防ぐ石落としなど、築城の名手加藤嘉明の実戦に備えた工夫が至るところにみられます。
三層に改築された
松山城の天守
加藤嘉明の築城当初5層だった天守は、後の松平定行の時代に3層に改築されました。幕府の信頼が厚かった定行が幕府に遠慮したのではないかという説があります。
藩主の邸宅があった
二之丸史跡庭園
ここには藩主の生活や政務のための二之丸邸があったため、高い石垣や櫓、南と西の堀で防備されていました。 |
国指定重要文化財の
宝庫である
天守をはじめ、本丸内の7棟と門7棟、そして塀7棟など数多くが国の重要文化財に指定されている貴重なものです。写真は国指定重要文化財の戸無門です。
市内を一望できる
絶好の場所
松山城は、海抜132メートルの山頂にあります。加藤嘉明によって、松前から松山平野中心部の勝山に場所を移されました。天守からは市内を見渡すことができます。
緑と水辺の憩いの場所、
堀之内公園
藩主の三之丸邸があったところです。南と西には内堀がめぐらされており、現在は市民の憩いの場所となっています。 |
歴代藩主について
加藤嘉明は1602年に築城に着手。長い歳月をかけて松山城を築城した嘉明でしたが、1635年に会津に転封となります。その後、蒲生忠知が城に入りましたが継子がなかったことから断絶。
その後は松平定行が入部し、以来親藩大名であった松平家15万石の居城として明治を迎えました。
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